ほとりのかほり

〜大人も子供も〜

小沢健二『彗星』

彗星

彗星

2019年10月9日。スピッツ、嵐(一部楽曲)、鈴木茂のストリーミング配信が解禁され、Official髭男dism、渋谷すばる、BABYMETAL、DAOKOの新譜が発売。つい先日、欅坂46東京ドーム2days公演のラストに投下された『角を曲がる』の配信。元アンジュルム和田彩花は自身がフランス語を混じえて作曲したソロ楽曲を発表。かたやPOPEYEでは「いま、聴きたい音楽ってなんだろう?」特集が組まれ、Mac DeMarcoが自身のプレイリストにドンキーコングのサントラを入れてたり、SuperorganismのOronoがTyler The Createrに手紙を送ったりしてる。「音楽」というテーマによって幸福に満ちていた日。今まで動くことのなかった"ある部分"が変わり始める予感がした。

 

その二日後、日本列島に台風が上陸した。メディアは災害情報一色に染まり、Twitterのタイムラインには避難所のアナウンスが流れる。レストランやスーパーは閉店、食料が消えすっからかんになったコンビニの棚。「食うこと、生きること」だけを考えなくてはならない時が、あまりにも突然にやってくるということを呆然と、痛感した。音楽や映画などの"カルチャー"というものは、動物的生命活動を前にしてはただの副産物、二の次、三の次でしかないということをハッキリと突き付けられてしまった。

食料や水を買い溜めすることができず、ただ部屋の中でこの一夜を耐えることしかできない。窓を叩きつける激しい雨風の轟音、その振動がこころに直接揺らぎをかける。この夜をなんとか乗り越えれば清々しい朝がやってくる、という希望すらも持てなかった。机に積み上げられた大量の本や未聴のCDに手を付けることができず布団の中でただじっと篭っていた僕に、ふと、その前日に配信開始されたあの曲が浮かんだ。

 

小沢健二『彗星』

 

小沢健二が10/11に突如ドロップした一曲。この曲を再生すること。それで何かが変わるとも思わなかったけれど、気がついたらSpotifyの再生ボタンを押していた。台風が到達する前、初めてこの曲を聴いた僕は本当に嬉しかった。前述した通り、突如大きく動き始めた音楽全体としてのムーブメントを後押しするような、単純な悦びを感じた。その日の夜には酒の席で友人にこの曲のことをひたすら語っていた。きっと本当に嬉しかったんだ。

 

ところが、台風のさなかにこの曲を流してみると、そこには"生きること"への喜びはもちろん、"音楽"や"映画"、全てのカルチャー、サブカルチャーに対する賛美、この曲を聴く人、聴かない人、それに纏わる自然、例えば太陽、光、雲、もちろん雨や風に対しても、それら全てに対して拓かれた祝祭があった。音楽に対する業界の態度なんかよりももっと大切な、本当に基本的な「生きるための音楽」が描かれているのである。小沢健二はこの曲を「聴き狂ってください。」というメッセージとともに世に放った。狂乱とともにある祝祭。

しかもこの祝祭は、かつて『LIFE』で表された、あのどこか物憂げで粛々とした空気の漂う空虚な祭りではなく、単に音の大きさや楽器の数などでは表現しきれない、完璧に開ききった、それこそ作り手本人が心の底から踊ることを求めている祭りだ。そこに刻まれたリリックはあまりにも素直で等身大、あの頃の彼や彼女たちが如実に書き写されている。

 

阪神大震災地下鉄サリン事件の1995年。同年に小沢健二がリリースした『強い気持ち・強い愛/それはちょっと』『さよならなんて云えないよ』『痛快ウキウキ通り』といった活気に満ちたシングル群は、後の2003年にベスト・アルバム『刹那』という、余りにも心苦しいタイトルに纏め上げられる。『彗星』にて、彼はこの年を「心凍えそうだったよね」と振り返る。

しかし、そんな「冬」に対して、彼は逆説的に次のように述べる。

だけど少年少女は生まれ

作曲したり録音したりしてる

僕の部屋にも届く

という、音楽という文脈における"未来"の発生を讃える一節だ。近年の活動で共演したSEKAI NO OWARI満島ひかり峯田和伸三浦大知はもちろんのことだが、僕はここで敢えて長濱ねるの存在を挙げたい。

この二者のあいだに直接的な関わりはなくとも長濱ねるは、小沢健二回のSONGSを見て、ブログにこんな言葉を残している。

ほろほろと紡ぎだされる美しい言葉、!

全て書き留めておきたいほど説得力があり、スーッと心に溶け込んでいきました。

 

何回も見てます、、。

( 長濱ねる 公式ブログ 2017年10月22日付「とっくりニット、240」)

読む度に、その句点の使い方にときめいてしまう。また、今回の小沢健二のアートワークを撮影した新津保建秀は奇しくも、欅坂46ファースト写真集『21人の未完成』の長濱ねるパート『録音部の少女』においても撮影を担当している。

欅坂46 ファースト写真集 『21人の未完成』 (集英社ムック)

欅坂46 ファースト写真集 『21人の未完成』 (集英社ムック)

 

このあまりにも美し過ぎる偶然のような必然性に、目をつけられないポップカルチャーオタクが居るだろうか。小沢健二が今作で描いた"未来"とは、ひょっとすると"長濱ねる"も含まれていて、そんな彼女もいつか彼のように、カムバックする"未来"があるのでは…と期待してしまう。きっと録音したりして、僕の部屋にも届くといいな。

 

(ちなみに長濱ねるが生まれたのが1998年、小沢健二が日本での活動を休止し渡米した年でもあるという、これまた偶然とは思えない一致)