ほとりのかほり

〜大人も子供も〜

北野日奈子『空気の色』

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例えば通常盤のこの表紙を見て、松田聖子ユートピア』のジャケット写真を思い出したり、

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映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』でプールに浸かり、主人公を誘惑するライリー・キーオを想起してしまう。プールとは限りなく非日常に近い。水面の揺らぎは青春の心情の揺らぎを如実に映し出す。

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2018年の乃木坂46を語るうえで、北野日奈子という存在を欠かすことはできない。

今年3月の『乃木坂46時間TV』ちぎり絵をつくるコーナー。突然、星野みなみが「おいで~」とある人物を呼び込む。それが北野日奈子だった。前年11月に休業を発表してから、実に5ヶ月ぶりのサプライズ出演。その日、川崎の映画館で『バーフバリ 伝説誕生』を観ていた僕は、大満足で劇場を後にし、スマホを開くと同時にこの報せを知った。「帰ってきてくれた」という嬉しさとともにTwitterには、少し大人になった彼女の姿が映った画像が流れていた。乃木中やNOGIBINGOで周りから弄られ、誰よりも大きな声を出して喜怒哀楽を表していた彼女は、もうどこにも居ないような気がした。

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4月の生駒里奈卒業コンサート、彼女は久々にファンの前に姿を表した。「任せてください!大好きです」と書かれたプラカードを持つ彼女の表情は、照れ臭さがありつつも実に清々しかった。

同期の相楽伊織の卒業を乗り越え、さらに今月の19・20日には、自身がセンターを務める『日常』を引っ提げたアンダーライブが行われた。僕は2日目を観た。ただただ圧巻だった。「任せてください」という、生駒との公約を早くも達成してしまっている彼女の姿だけがあった。我々の過度な心配はただただ不必要なのだと、彼女からハッキリとNOを突きつけられた気分になった。そして彼女はもうとっくに次のステージへと進んでいることを痛感するとともに、今までの自分を少しだけ反省した。

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"反省"といえば、以前『夏休み子ども科学電話相談』にて「反省の"色"って何色ですか」という質問が投げかけられたことがある。純朴でくもりのない童心的な疑問ありながら、あまりにも芯を食っていて、どこか大人らしい様にも思える。こんな質問を投げかけるが如く「オトナ / コドモ」を行ったり来たりしながら、見るものに両極的な素振りを魅せる彼女が、今回我々に突き付けたテーマがそう、「空気の"色"」だ。

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『空気の色』というタイトル。乃木坂メンバーの過去の写真集のタイトルと照らし合わせても、ここまで漠然としていて、意味難解な題は無いのではないか。それはそうである。空気に"色"なんてない。あったとしても、それは我々には可視化できないもので、決してこの目で見ることができない。このタイトルが意味するもの、それは

「見えない」ということ。

だと勝手に推測してみる。

例えば、乃木坂46『アンダー』という楽曲の中の一部分。

みんなから私のことが 

もし見えなくても

心配をしないで

私はみんなが見えてる。


乃木坂46『アンダー』Short Ver.

それからフィッシュマンズの大名曲『いかれたBaby』より

君は見えない魔法を投げた

僕の見えない所で投げた

そんな気がしたよ


The Fishmans - いかれたBaby (Ikareta Baby Live 1997) w/ lyrics

 

この2曲のフレーズはまるで我々ファンとアイドルが、どうすることも出来ないやるせなさの中で繰り広げる、どこまでも切ない対話のように聞こえてきてしまう。サニーデイ・サービスが「きみがいないことは きみがいることだなぁ」と歌っていたように、"いない"ということは、"いる"ことを強く意識させるし、"見えない"ということはもう、めちゃくちゃ"見える"ということなのだ。我々が彼女を見ることができなかった時間に、彼女はひとりで魔法を投げていたのかもしれないし、あるいは、部屋の右側の壁の端っこに背中をつけていたのかもしれない。いずれにせよ、それが"北野日奈子"だと信じ、我々にはそんな彼女に思いを馳せながらこの写真集を読むことくらいしかできないのだ。

 

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この写真集は、彼女が何の躊躇いもないかのように髪を切るシーンから始まる。女の子が髪を切ることの意味は既に、堀未央奈が映画『悲しみの忘れ方』のラストシーンで証明済みである。

また"髪を切る"という行為において、我らが伊藤万理華の映像作品『伊藤まりかっと。』を忘れるわけにはいかない。

www.youtube.com

 ここでもまた、"いない" ことが "いる" ことだと痛感する。

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 他にも、水着姿でプールの中から悪戯げな顔で覗いてきたり、ランジェリー姿でベットの上を飛び跳ねるショットからは、『台風クラブ』のアイツらの姿を重ねてしまう。

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撮影も過酷だったであろう、雪上の野外で赤いランジェリー姿で佇むショットも。彼女の何とも言えないアンニュイな表情は、素直に赤に溶け込んでいる。ランジェリーの"赤"と雪景色の"白"の中間にあるのが北野日奈子の"色"だ。

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『空気の色』は全体的に寒色なムードで描かれる。それは決してロケ地が北極圏だからとか、寒い時期に撮影されたからとかそんな気候的な要因とはまた違う、彼女が醸し出すムード。すなわち彼女の持つ"二面性"みたいなものによって生み出された空気感に満ち満ちていることが、この写真集を"たらしめる"ひとつの理由だと思う。

ハチャメチャにおどけていながら、実はとんでもなく真理をついたようなことを伝えてくるようなこの"二面性"。どこか坂本慎太郎の楽曲のテイストを思い出させる。


あなたもロボットになれる feat. かもめ児童合唱団 / 坂本慎太郎 (zelone records official)

『あなたもロボットになれる』という曲は、ゴキゲン・ウキウキなトラックの上に

不安や虚無から解放されるなら

決して高くはないですよ

ロボット

素晴らしいロボットになろうよ

という、強烈にシニカルな歌詞が乗っかっている。この気持ち悪いほど奇妙な噛み合わせが何とも言えない独特な気持ち悪さ、そして美しさを生み出す。

このように彼女が、<おどけてはしゃぐ表情> と <どこか真理めいたようなものを持つ表情> を行き来し、そこから共通項を見出そうとすればするほど、我々にとって本当の彼女とは一体何なのか、全く分からなくなってしまう。まさに "まともが分からない"のだ。

西野七瀬『風に着替えて』に小沢健二の『僕らが旅に出る理由』を重ねてしまったり、長濱ねる『ここから』を眺めていると岸田繁の声が聞こえてくるような気がしてしまうように ( 軽く病気みたいなところがある )、この『空気の色』からは、どこかコーネリアスの『あなたがいるなら』の世界に近い匂いを感じた。


Cornelius 『あなたがいるなら』If You're Here

冷たい感触のクリーンギターが、心情の琴線に触れるたびに振動する。『あなたがいるなら』を聴いていると、スウェーデンを旅する北野日奈子と、その周りを漂う"空気"までも体感しているような気分になる。 特にシンパシーを感じてしまうのが坂本慎太郎が書き下ろした詞。

ただ 見てるだけで

なぜ わけもなく

切なく なるのだろう?

動くだけで なぜ

意味も無く どき どき してくるのだろう?

 

あなたが いるなら

あなたが いるなら

この世はまだましだな

 

ほらね また だれか

きみの うわさ している

みんな きみを すきなんだ

 

なぜ 見てるだけで

いると わかるだけで

声を きいただけで

なぜ わけもなく

見てるだけで なぜ せつない

我々が勝手に抱いてしまっている彼女への想いではないか...と愕然としてしまった。そしてまた、彼女が目にした"見える"ものへと抱く想いとも重なるのではないか。

 

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彼女は今回の写真集を通して、犬の殺処分や動物愛護についても目を向けて欲しいと訴えており、巻末のインタビューには「トリマーの資格をとって、犬を綺麗にしてあげたり、病気にかかってたらちゃんと治るように面倒をみてあげたりして、ゆくゆくは里親を見つけてあげたいです。」とも述べてあった。

 

最後に、先日のSHOWROOMで彼女は次のように語った。

私の宝物なので、全部。みなさんの宝物にしてください。そして世界の宝物にしましょう。 

 本当に素敵な表現なのはもちろん、嘘偽りない想いが純に伝わってくる。間違えない、2019年の北野日奈子は彼女自身のやり方で「空気の色」を読み解いていく。その先に待つのは他でも無い。自由で、何色にも染まることのない、彼女の色だ。

 

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乃木坂46 北野日奈子 1st写真集『空気の色』

乃木坂46 北野日奈子 1st写真集『空気の色』